Special Interview
#007
タレント、エッセイスト
September 3th, 2018
東京大学大学院情報学環客員研究員。Australia now 2018 PR 大使。仕事のある日本と、家族と暮らすオーストラリアとを毎月往復する出稼ぎ暮らし。新刊: 『歳を取るのも悪くない』(養老孟司氏との共著・中公新書ラクレ)、小説『幸せな結婚』(新潮社)
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WORK

夫婦それぞれの転機が訪れ2拠点生活がスタート。
辞めることで失うこともあるけれど、同時に得ることもたくさんある。

  • Q.エッセイスト、タレントなど幅広くご活躍の小島さんですが、局のアナウンサーから転職したキッカケとは?

    1995年に放送局にアナウンス職として入り、15年間テレビとラジオのお仕事をしてきました。自分のやりたいお仕事は一通り全部経験させて頂き、30歳、33歳で子どもを産みました。育児支援制度も全部使い切ってしまい、37歳になった頃、このまま会社員としてキャリアを目指すのか、喋り手として現役でやっていくのか考える岐路に立ったんです。色々考えた時、お給料という形以外でお金をもらってみたいと思いました。それで2010年6月いっぱいで退職を決意しました。その時は夫もまだ働いていたので、まぁ路頭に迷うことはないかなと思い、そこまで不安はありませんでした。当時はラジオの仕事を担当していたので、全国津々浦々にラジオ局はあるから大丈夫かなと。年齢的にもこの機会を逃したらフリーランスにはなれないだろうなという思い込みもあって。

  • Q.その後、オーストラリアと日本の2拠点生活が始まるとは、その頃は想像もしていなかったですか?

    全く! その後2013年に夫がテレビディレクターの仕事を辞めたんです。仕事場と自宅の行き来だけで人生を終えるのは嫌だって言って急に…。相談もなしにですよ。夫が仕事を辞めるということはあまりにも想定外だったので本当に驚いたのですが、自分が先に仕事を辞めていたので、夫を止めるなんてできなかったんです。彼は1年くらい悩んでいたみたいなんですけど、私がそれに全然気づいていなかったんですよね。受け入れたからには、辞めて良かったね、辞めなければこんな面白いこと出来なかったね、と言えるような何かをやろうという話になりました。男の人が仕事を辞めると、居場所、肩書、信用、給料、何もかも全て失ったかのようになりますが、絶対得ているものもあるはず。時間と自由を得ているわけだから、住む場所も東京じゃなくたっていい。私が出稼ぎさえすれば。そこで家族全員が納得して満足できる場所を探した結果、私が3歳まで住んでいたオーストラリアのパースが候補に浮かびました。

  • Q.オーストラリア・パースの魅力とは?

    私が3歳まで住んでいたので親しみがあるということがキッカケですが、教育移住している人が多いようなので、詳しく調べてみました。すると、多文化、多民族、アジアとの関係も親密、安全、時差が少ないんです。物価は高いのですが、贅沢しなければ、日本の都心で中学から私立に通い、英語の家庭教師つけたり予備校に通ったりすると考えると、払う額はそんなに変わらないんじゃないかと思いました。そこで、主人と子ども2人はパース、私が行き来するという生活がスタートしたんです。今は2~4週間日本で働き、パースで2~3週間過ごすというペースで働いています。

  • Photo : GIRAFFE
    Edit & Text : Maki Kakimoto